上野御徒町ガード下店舗

by eriyori on Saturday 24 September 2011


上野のガード下に突如としてあらわれる店舗の外装の様子。向いの中央線側からでると、こっちを見ている。その窓が、高さの違いをもっているのは、その奥に階段が設けられているからであろうか。また、その弧にともなって、看板部分の意匠も、ウネっとひとうねり。大胆かつ不敵。
この不敵な笑みをもうちょっと眺めてみよう。そうすると、だんだんと向かいの中央線に対する挑発のようにも見えるのだ。違い窓スタイルとして、挑発型の意匠なのではないかとふと思い込んでみた。
「ほら、中央線さん。あんたは中野をでればまっすぐしか走ることができないじゃないか。」
「いやいや、常磐線。あんたは全長350キロ。わたしは420キロ。自分の長さの程をわきまえてもらいたいものだね。」
「そんなこといったって、中央線。おまえは所詮中央東線じゃないか」
と、聞こえてきそうである。
しかし、3・11以降の日本。常磐線は福島原発によって、いまだ全線復旧の見込みが無い。いまこそ、手をとりあって欲しいとせつに願う。

東京国立博物館表慶館, 1908

by eriyori


阿吽の獅子。設計は、宮廷建築家でもある片山東熊。赤坂離宮の設計者でもある。獅子の口をよーく見てみたら、阿吽になっている。片方の獅子は、口をしっかり結んでいる。しかし、写真手前の獅子は、ポカンと口を開けている。ちょっと驚いたようにも見える。
阿吽とは、ものごとの初めと終わりをさすと言われる。しかし、この表慶館においては、その意味は形骸化され、門前の形のみを継承しているといった様子だ。
この表慶館、赤坂離宮、つまり旧東宮御所の前年に竣工している。赤坂離宮をみた明治天皇が、片山にひところ、「贅沢すぎる」といったのは有名なはなし。
どことなく、くしゃみ寸前の獅子に見えてきた。