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by eriyori on Monday 29 December 2008

Google

悩みだすととまらない、なにがというと検索が。。答えを求めて検索してしまう。

 

以前にほかのブログでも書いたことがあったが、ホームページには、アドレスというものがついていて、linkによって繋がっている。アドレスはいわば住所であるが、現実とは違ってそこに至るまでには近隣住民からのつてがないとたどり着けない。それゆえに、となりにいても気が付かない。そんな土地がいっぱい転がっている。

検索サイトは明らかに重大な使命をになっている。インターネットのネットワークは、全くヒエラルキーをもっていないはずではあるが、実際には現在、検索サイトを頂点として、ツリー構造、もしくはセミラチスとして構築されざるを得ない。情報という曖昧さがまったく排除されている世界でのはなしであるから行き当たりばったりが存在しないのである。(ネットサーフィンという言葉も最近ではつかわれなくなってしまった。)

検索サイトを頂点とする現時点でのネット世界にある危惧を抱く。それは、情報操作の容易性である。それが一時期話題になった「グーグル八分」である。それは、googleの検索に引っかからないようになるという村八分状態のことを指し、それは政府などの要請によって行われるようである。

wikipediaなどの情報が、ある程度の地位を確立したことで、仮想世界は現実に近づきつつある。しかし、その世界は、様々な思惑によって操作が施されている世界だということを忘れてはならない。